とらふすクラシック・234。
華麗なる饗宴2021に寄せて
ピアニスト 天羽博和
リストの「巡礼の年」と言えば、村上春樹氏の長編小説を思い出す人が多いだろう。彼が旅先で目に留めた風景や芸術作品をモティーフにした、いわば音楽による旅のアルバムである。作曲年代はほぼ一生涯に亘っており、彼のライフワークの一つだったと言えよう。
リストは長身で目鼻立ちがよく、並外れたピアノの才能を持ち、彼を見るなり失神する女性もいたほどで、スキャンダラスなこともあったようだ。彼と関係を持った女性で、特にダグー伯爵夫人は彼の作品に多くの影響を与えたと言われている。伯爵との間に二児がいたが、リストと出会うなり恋に落ち逃避行してしまう。やがて三児をもうけ、その一人コジマが後にワーグナー夫人となることは周知の事実である。彼女は知性と教養を持ち合わせ、スイスやイタリアで彼に多くの芸術作品に触れさせたりした。
今回演奏する「巡礼の年・第二年イタリア」は宗教的な題材をいくつか取り扱っている。第一曲はラファエロの描いた、ヨゼフとマリアの婚礼によるもの。生涯独身の彼も、神に祝福された結婚に憧れたのではないか。 第四・五・六曲は、ラウラに捧げられたペトラルカのソネットから、三編を選んで音楽をつけたもの。聖職者の禁断の思いを描いた作者に、リスト自身を重ね合わせたのではないか。 終曲は、ダンテが古代ローマの詩人ウェルギリウスと共に、地獄から煉獄を経て、永遠の淑女ベアトリーチェの待つ天国へと向かう旅を叙事詩に著した「神曲」がインスパイアされている。それは伯爵夫人との関係への呵責が背景にあったのではないか。
また、「愛の夢」は有名な第三番以外の二曲もお届けしたい。そして「ペトラルカのソネット」は歌曲版も取り上げる。また演奏曲を見渡してみると「愛」という共通のテーマが見えてくることがおわかりだろうか。ゲストのソプラノの名にも矢倉「愛」さんとある。 聖なるクリスマスの夜が、皆様にとって祝福されたものであるよう祈りつつ。
天羽博和 プロフィール
大阪府生まれ。和歌山在住。相愛大学音楽学部卒業。京都フランス音楽アカデミー、フランス・クールシュヴェール等でも研鑽を積む。2018年、日本人7人目となるドビュッシーピアノ独奏作品全曲演奏を完結させた。昨年、第2回日本室内楽ピアノコンクールに入賞した。