縷々のつぶやき

昭和11年創業!岩喜蓄音機店の3代目店主。現在は、LURU MUSICとして、CDショップ、音楽ホール、音楽制作、音楽イベントなどの企画運営を通じて、地域から世界を楽しくすることを日々楽しんでいます。旧:演歌商店のつぶやき。

 私の苦笑い〜小林幸子

23日付け日経新聞「私の苦笑い」に歌手・小林幸子さん登場
昭和54年の大ヒット曲「おもいで酒」のエピソードが興味深い。


後の立川談志さんが司会する歌番組で
大作曲家・古賀政男さんに認められ小学生でデビュ。
いきなり「ウソツキ鴎」で20万枚のヒットするも
その後苦節15年「おもいで酒」の誕生秘話・・・以下抜粋です。

 レコード歌手の道はあきらめようと思っていた昭和54年 テレビ番組の主題歌
の話がきます。でもB面がありません。仕方なく事務所にあった曲から1曲選びま
した。大阪のテレビ局の部長が趣味で作った曲です。
 レコーデイングは風邪を引いていて体調は最悪の状態でした。A面は何とか歌い
ましたがB面は「どうせ誰も誰も聴かないんだもの」と少し妥協してしまいました
。私のために書かれた曲でもないしと。
 でもレコードの最終仕上げの段階で聴き直すとやはりひどい。その場で「やりな
おさせて」と無理を言ってもう一度吹き込みました。
 温泉旅館での長期公演が終わったころ「有線放送でヒットしている」という知ら
せを受けました。間もなくレコード会社から「B面をA面にしたいのでキャンペー
ンに行かないか」という話がありましたが「行かない」と答えました。これまでど
んなに苦労してキャンペーンをやっても無駄だったからです。
 でもショーのダンサーの1人が「どうせ歌手はやめるんでしょう?ならキャンペ
ーンをやって見切るきっかけにしたら」と言うのです。「そうね」と思い直してキ
ャンペーンに行くことにしました。
 その曲が「おもいで酒」です。A面にすると爆発的に売れて200万枚を越す大
ヒットになりました。
 どうせ駄目だろうと吹き込み直していなかったら 効果はないと決めつけてキャ
ンペーンを断っていたら・・・・。考えるだけでぞっとします。25歳で流した冷
や汗でした。(談)

公式HP:http://www.sachiko.co.jp/kobayashi.php?menu=profile
出典: フリー百科事典『ウィキペディアWikipedia)』
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